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東京地方裁判所 昭和43年(刑わ)68号 判決 1968年6月06日

被告人 大河内和彦 平野輝久

主文

被告人大河内和彦を懲役五年六月に処する。

被告人平野輝久を懲役五年に処する。

押収してある財布一箇(昭和四三年押第五五七号の五)、小切手一通(同押号の六)は、被害者古田清子に還付する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人大河内和彦は、計理士を営む父尚男の三男で、昭和三八年三月中学卒業と同時に東京都職業訓練所電工科に入所し、かたわら定時制高校に通い、右訓練所一年終了後、杉並区桃井町にある大日電気工業株式会社に入社したものの、交通事故で重傷を負つたこともあつて右定時制高校を二年で中退し、昭和四一年一二月頃には右大日電気もやめ、その後はバーテン、電気会社の工員、洋服販売のセールスマンなど転々と職業を変えた後、昭和四三年二月一三日東京都文京区本郷一丁目二二番四号にある株式会社ポーラ化粧品本舗後楽園営業所にセールスマンとして入社したものである。

被告人平野輝久は、清水建設に勤めていた父六太郎の次男で、高等学校を卒業後東京都文京区本郷にある有限会社加賀電気商会の現場代人として働いたが、昭和四二年三月結婚して親元を離れ、昭和四三年二月二〇日同会社をやめて同年三月四日橋本電業社に入社したものである。

被告人両名は、昭和四〇年ころ友人を介して知り合い、前記加賀電気に一緒に勤めたこともあり、親しく交際するようになつたが、被告人大河内は昭和四三年二月中ごろから、自家用車の修理代や遊興費等が欲しかつたため勤め先の前記営業所から化粧品を盗み換金しようと考え、同月一九日午後六時ころ喫茶店「白馬」に被告人平野を呼び出してその話を持ちかけた。ところが、平野も当時遊興費や生活費に困つていたため、大河内の誘いに乗り気になつたものの、品物では処分後に発覚する恐れがあるということで具体的な話にはならなかつた。しかし、翌二〇日再度話し合つた結果平野も前記営業所に盗みにはいることを了承し、ここに両名間に、右営業所より現金を盗み出そうという話がまとまり、さらにその後同月二四日ころ同営業所に所長一人しかいない場合には暴行、脅迫の手段をとることもあえて辞さない旨合意し、被告人両名の間に金員強取の共謀が成立した。被告人両名は、直ちに右計画を実行に移そうとして同営業所内を窺つたが同夜は決行を取り止め、翌々二六日午後六時ごろ、各自軍手、ナイフおよび針金(昭和四三年押第五五七号の八、九、一〇)を用意して車で同営業所の近くまで行つて時機を待つたうえ、午後七時四〇分ころ、大河内は覆面をして顔を隠し、折たゝみ式ナイフを左手に持ち、平野は果物ナイフを右手に持つて、平野、大河内の順で同営業所にはいつたところ、同室内には同営業所長古田一郎の妻で同営業所の外交員である古田清子(当四六年)と同店に来会せていた飯田橋営業所長中根悦治(当二九年)の両名がいた。そこで被告人平野が右中根の胸にナイフを突きつけ、「静かにしろ」と言つて迫り、次いで悲鳴をあげて隣室に逃げた古田清子に向つて、同女の脇腹にナイフを突きつけ、「金を出せ、どこにあるんだ。金を出せば殺さない」と言つて迫り、うつ伏せになつた同女の手足を針金で縛り、同女のネツカチーフで猿ぐつわをはめた。一方被告人大河内は、右中根の胸にナイフを突きつけ、「俺はむしよから出て来たばかりだ、殺されたくなかつたら静かにしろ」と言つて脅迫し、同人の両手首を針金で縛りあげ、右手拳で同人の左顔面を二回殴打したうえ、さらに同人の両足首を針金で縛り、同人の口の中に化粧品の瓶を入れ、風呂敷で猿ぐつわをはめた。

被告人両名は、右のとおり、右古田および中根に対して、暴行、脅迫を加えてその反抗を抑圧したうえ、平野ににおいて前記営業所カウンター内のスチール製引出しの中から古田清子の保管していたポーラ化粧品本舗銀座支店所有の現金一三一、九八五円および机の上にあつた同女所有の額面金額六、〇〇〇円の小切手一通および現金一一、二〇〇円在中の黒皮財布を強取し、大河内において、前記中根の背広内ポケツトから同人所有の現金三、〇〇〇円を強取したが、その際右中根に対し、大河内の前記暴行により、全治三日間を要する左頬部擦過傷および打撲傷を負わせた。

(証拠の標目)<省略>

本件中根悦治の受けた傷害は、全治三日間を要する打撲傷および擦過傷と診断されたものであり、また実際に格別の治療をせずに四、五日で痛みがとれ、約一週間で全治したことが明らかである。しかし、右中根は殴られて頬が痛かつたため警察の勧めもあつて、自ら医師の診察を受けに行つたというのであり、左頬骨の部位にはつきりとわかる程度の腫脹があつて、擦過傷の範囲は三センチメートルに及び、その部位には圧痛があり、また皮下出血があつたばかりでなく、表皮が破れて表面にうつすらと滲む程度の出血もあり、医師は治療の方法として冷湿布をするように指示を与えたということである。そして右の傷害は、被告人らの強盗の機会に偶々生じたというものではなく、強盗の手段である暴行行為によつて生じたものであることをも考えあわせると、本件の傷害は単に強盗罪に含まれるものではなく、強盗致傷罪の傷害と評価せざるを得ない。

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為中、中根悦治に対する強盗致傷の点は刑法第六〇条、第二四〇条前段に、古田清子に対する強盗の点は同法第六〇条、第二三六条第一項に各該当するところ、右は一個の行為にして二罪にふれる場合であるからいずれも同法第五四条前段、第一〇条により重い強盗致傷の罪の刑で処断することにし、所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し、なお、被告人両名の本件犯行は、計画的で大胆不敵な犯行のようではあるが、被告人両名とも前科がなく、被害全額の弁償をして被害者の宥恕を受けており、傷害の程度も軽微である等の諸点を考慮して、被告人両名に対し、同法第六六条、第七一条、第六八条第三号によつて酌量減軽した刑期の範囲内で、被告人大河内和彦を懲役五年六月に、被告人平野輝久を懲役五年に処し、押収してある財布一箇(昭和四三年押第五五七号の五)小切手一通(同号の六)は、被告人らが判示犯罪により得た物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法第三四七条第一項によりこれを被害者古田清子に還付することとし、訴訟費用は同法第一八一条第一項本文、第一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

それで主文のとおり判決する。

(裁判官 浦辺衛 宮本康昭 平湯真人)

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